第一回 目でほほえむ大切さ
朝、わたしは三歳未満児の部屋で、しばらくの時間を子どもたちと過ごしています。
入園当初、全身で泣き叫んでいた子ども達も、今では床におろすと同時に、
目の前にある玩具にスーと手をのばし、それぞれの遊びをすぐに始めます。
ただ、それだけの何気ない光景ですが、
保育にかかわっている者ならではの幸せを感じる朝のひと時がそこにはあります。
そんな中、ひとつの大切なことに気が付いたように感じましたので、お話しさせていただこうと思います。
その大切なこととは、結論から話しますと、今回のタイトルである「目でほほえむ大切さ」という事です。
子ども達は、みんな個性的です。入園して数日もしないうちに、高齢男性(おじいちゃん)である私に、
理由はよくわかりませんが、とても興味があるらしく、まるで面白いキャラクターでも見つけたかのように、
笑顔で近づいてくる子がいます。わたしもとてもうれしくなり抱き上げます。
しかし、中には、入園から一カ月以上たっても警戒心を解いてくれない子どももいます。
残念なことにわたしと目が合っただけで泣かれるようなこともしばしばありました。
そんなある時、警戒心を解いてくれていない一歳児のひとりRちゃんに、顔をくちゃくちゃにして
笑いかけてみました。感染防止のマスクを着けた状態ですから、おじいさんがくちゃくちゃな目だけで
笑っている顔を想像してください。
その時、すぐに特別に大きな反応があったわけではありません。反応を感じたのは次の日でした。
言葉ではなかなか表現できない微妙な変化でしたが、あきらかに警戒心が緩んでいることを感じました。
その日、はじめて私はRちゃんを抱き上げることが出来ました。
乳幼児保育の研究で、スティルフェイスの実験というものがあります。乳幼児をあやしていたお母さんが
突然無表情な顔になってしまったときに乳幼児がどの様な反応を示すかという実験です。
関心がある方は、検索エンジンで、「スティルフェイス still face」と検索すれば出てきます。
ただ、あえて検索しなくても、結果は読者の皆さんが想像するとおりの状況がおこります。
乳幼児は、当惑し、何とかその嫌な状況を変えようと自分なりの反応をしめしますが、
やがてストレスに耐えかね、泣き出してしまいます。
わかりきった話と言われるかもしれませんが、子ども達が育つ環境は、
あたたかな笑顔があふれる環境でなければならないということを物語る実験です。
以上の話を書いた目的は、コロナ禍という前代未聞の状況は、単に病気の蔓延による健康被害にとどまらず、
子ども達のこころの成長に大きな影響を与えている可能性があることを話したいと考えたからです。
コロナ禍にあって、子ども達が目にする家族以外の大人達は、保育教諭をはじめとしてほぼ全員がマスク姿です。
顔を半分隠している人々に囲まれた状況で子ども達は育っています。
笑顔にとって重要なポイントである口元を隠した姿で接しています。
昨年生まれた子ども達というのは、生まれた時から、顔を半分隠した人々、口元を隠した人々の中で成長しています。
大げさに言えば表情がわからない人々の中で成長しています。この様な環境は、人類がかつて経験したことがない
異常な状況であることは間違いありません。いたずらに不安をあおるつもりはありません。
また、感染防止の観点からマスクの着用は、今後もしばらく必要なのだと思います。
ただ、口元が隠された状態でも、目で微笑みかけることはできます。
この文書を読まれた方が、今後、これまで以上に目に意識を向けられて、マスクをつけた状態であっても
あたたかい笑顔を子ども達が読み取れるように接していただければと願います。
ひかりと風とサクランボでは、
「目でほほえむ保育」をひとつのテーマとして職員一同取り組んでいます。