『半信半疑で読む 子育てアドバイス』<6>

第6回

あそびについて(2)

今回は、子ども達は遊びの中で、人の表情を実によく見ているという事を話したいと思います。
一緒に遊んでいる人の様子(楽しそうにしている人の様子)を確認して楽しむ。
このことは私たち人間という生き物のの遊びに関して、とても大きな要素ではないかと思います。
また、とても素晴らしい要素ではないかと思います。

心当たりがあるというお母さんもおられると思いますが、時々、子ども達は一緒に遊んでいるお母さんの横顔をこっそりのぞき込んでいます。
その視線を感じたことはないでしょうか?
お母さんの表情がやわらかいもの楽しそうにしていると、その時、子ども達は無性に生き生きとしてきます。
わたしはその様な素朴な幸せ感をたくさん経験している子どもはとても幸せなのだろうと思います。

「いっしょにお母さんんが、お父さんが楽しんでいる。喜んでいる。」

ただそれだけのことですが、
それはとても大切な人間ならではの喜ばしい感覚なのではないかと思います。

遊びに関する実験で、大変興味深い実験がありますのでご紹介させていただきます。

まったく面識のない20名位の小学生のグループを2組作り、遊びを観測するという実験です。
年齢は3・4年生、いわゆるギャングエイジと呼ばれる最も集団遊びを好む年齢です。
その内のグループ(A)には仮装パーティーで使うようなトンガリ眼鏡を着用させます。
その他には全く制約をつけません。自由に会話することもできます。
もうひとつのグループ(B)は会話を一切禁止しますが、トンガリ眼鏡はつけていません。
〈はっきりとは覚えていませんが、それぞれの部屋にはボールやフープ等の簡単な遊具素材が置かれていたと思います〉

二つのグループがその後どの様に遊びを展開していったかと言いますと、
最初に遊び始めたのは会話が許されているトンガリ眼鏡グループ(A)でした。
それに対して会話を許されていないグループ(B)はキョロキョロするばかりで、しばらく遊ぶことはありません。
周りの様子を互いにみているだけです。

しかし、会話を禁止されているグループBもしばらくすると誰からともなくボディーランゲージで意思を伝え始めます。
やがて遊びがはじまります。話すことは出来ませんが、笑顔が出始め、おどけて見せる子などが出てきたりして、
次第に遊びが盛り上がっていきます。
さすがにギャングエイジの小学生ですから、最後には汗だくになって笑い転げたりしています。
ところがグループAはというと遊びがまったく盛り上がることはありません。
会話は許されていますので、時折話すことや、遊ぼうとするのですが続きません。
最後は全員が無口になり、ただ退屈そうに時間が過ぎるのを待つだけになってしまいました。

 

この実験が意味するものはどういう事でしょうか、それは、人間の遊びにはかなり他者との関りという要素が大きく影響している。
とりわけ、他者の表情をよくみながら遊んでいるという事だと思います。(ひとりあそびは例外)

グループAは、話すことは出来ます、意思を伝えあうことが出来ます。
しかし、トンガリ眼鏡をつけていることにより互いの表情を読み取ることが出来ないために、
最後まで警戒心が解けず、互いに委縮してしまい、遊びが発展できなかったと考えられます。
もう片方のグループBは会話は禁止されていますが、互いの表情を読み取り、次第に親しみを感じることにより
警戒心が解かれて遊びが拡大していったという事だと思います。

子どもと遊ぶことの大切さは、多くの親も感じていると思います。
しかし、子どもと目いっぱいに遊ぶ時期、それは親が考えているほど長い期間ではありません。
小学生になれば、子ども達は良くも悪くもどんどんと親から離れていきます。

皆さん忙しいと思いますが、時々でいいですから、子どもとめいっぱい遊びましょう。
その時、お願いしたいことがあります。それは、スマホは忘れて遊びましょう。
子どもと遊ぶと決めたら、マナーモードではなく、電源を切って遊びましょう。
私はスマホを気にしながら遊ぶという事は、仮想パーティー用のトンガリ眼鏡を付けた状態で遊んでいる状態に近いような気がします。
子ども達に必要なのは楽しさ・面白さ・幸福感を一緒に共有しているお母さんやお父さんの笑顔です。
それが人間の子どもの遊びの大切な要素です。

 

「子どもと一緒に遊んでいる時、あなたの横顔をのぞき込む子どもの視線を感じたら、おもいっきりの笑顔でこたえてあげてください。
その楽しい経験を、幸福感を幼児期にたくさん経験した子どもは決してグレない。たとえグレても立ち直る」

 

特に根拠があるわけではありませんが、私はその様に信じています。